FAST物語 木村 昭夫
インタビュー
FASTのパイオニアとしての歩み
木村 昭夫 先生
略歴
1984年 岐阜大学医学部卒業
1984年 日本医科大学救急医学入局
1998年 米国ベイラー医科大学ベントーブ総合病院外傷外科留学
1997年 日本医科大学救急医学講師
1998年 国立国際医療センター 緊急外来医長
2002年 国立国際医療センター 緊急部長
2010年 国立国際医療研究センター 救命救急センター長
2023年 同センター(2025より国立健康危機管理機構に移行)理事長特任補佐併任
現 国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター 理事長特任補佐
救急科専門医・指導医
亀田 徹(インタビューア)
済生会宇都宮病院 超音波診断科
救急科専門医・指導医
よろしくお願いします。

FAST発展の礎となった原著論文を前に
現在の救急医療現場は、当時木村先生が日本医科大学救急学講座で救急医、外科医として活躍されていた頃とはかなり異なっていると思います。当時はどのように日常診療に取り組まれていたでしょうか。
日本医科大学救急医学教室は当時外科が母体だったんですね。外科認定医と救急認定医、つまりダブルボードを持っているが普通だったんですね。両方の認定医をとれるように教育を受けて、重症救急でも主に外科的救急に取り組む体制でした。そして体幹外傷を中心に手術することに尽力していました。
働き方改革など時代の流れで救急医の仕事も変化してきていますが。当時は休みなく働かれていたのでしょうか。
ずっと病院いましたね。外傷患者は夜間に搬送されてくることが多く、よく夜に手術していました。また重症熱傷患者が入院するとベッドサイドにずっと張り付いていましたね。
当時は交通事故死がすごく多かったと認識しております。幸いなことに近年はかなり減少しました。当時の交通外傷はいかがでしたか。
1970年代あたりから交通戦争と呼ばれ、モータリゼーションにより重症外傷患者が急激に増えたことが問題になっていました。しかし当時は重症外傷患者をしっかり診療できる施設はなかったのです。いわゆる「たらいまわし」も起こっていました。そのような状況の中、社会の要請から大阪大学特殊救急部や日本医科大学救命救急センターなど、重症患者の治療を行う施設が出来上がったのです。ただ私が入局したころにはピークからは若干減少していました。
腹部外傷、腹腔内出血の評価については、世界では選択的腹腔洗浄(diagnostic peritoneal lavage; DPL)が標準となっていましたが、当時の日本ではいかがでしたか。
日本では以前から腹腔穿刺(abdominal tap)を行っていました。穿刺して内筒を抜き、腹腔内出血があると外筒に血液が上がってくるんですよ。
当時日本では腹腔穿刺、米国などではDPLが行われていたということでしょうか。
米国でも以前腹腔穿刺は行われていたようですが、1980年代に感度の高いDPLに取って代わられました。しかし日本ではDPLはそれほど広まりませんでした。DPLでは臍直下で小さく開腹し、ダグラス窩まで側孔のある管を挿入し、サイフォンの原理で洗浄液を回収する方法で、非常に感度の高い診断方法でした。一方腹腔穿刺では、腹壁近くまで血液がないと診断できませんので、感度は高くなかったのです。
当時腹腔穿刺はエコーを使って行われていたのですか、ブラインドだったのでしょうか?
穿刺のガイドにエコーを使っていませんでした。血管のない腹直筋外側をランドマークに穿刺していました。一方、私が医師になった頃からベッドサイドでエコーが利用できるようになり、一部の施設では外傷患者に対し、診断目的にエコーが使われ始めていました。実質臓器損傷を含めた検討では診断を誤るケースが多く、有用性については疑問視されていました。
大変興味深いところですので、もう少し詳しく教えていただけますか。
当時から日本で開発された超音波診断機器は世界最先端でした。それで外傷でもエコーを使う話になったんですが、使い方は定式化されていませんでした。また腹腔内出血に限定せず、肝損傷など実質臓器損傷の評価について検討されていましたが、感度・特異度とも一定せず、エコーはあまり信用されていない状況でした。
当時は実質臓器損傷の評価にエコーが使われていたのですね。
エコーは開腹の判断などを含めたdecision makingとして利用されるというよりも、何か見えるのかから始まり、実質臓器損傷の診断など「画像診断」としての位置づけで検討されていました。ただ、久留米大学のグループは腹腔内出血に注目され、エコーで出血量を評価する方法を開発していました。DPLや腹腔穿刺はdecision makingに利用されていたのに対し、当時日本ではエコーはお腹の中がどうなっているかを観察するツールにとどまっていたのです。
FASTにつながる臨床研究を思いつかれたきっかけは何だったのでしょうか。どのようなご経験が着想につながったのでしょうか。
アメリカでの留学経験がもとになっています。アメリカでは既に鈍的外傷患者に対して、すべてDPLで開腹の必要性を判断していました。管を入れてフレッシュな血液や消化管内容液が引ければすぐに開腹、引けなければ生理食塩水1Lで洗浄して回収液の赤血球と白血球数をカウントして開腹の適応が判断されていました。DPLの診断精度が非常に高いことが示され、開腹の適応のgold standardとして利用されていました。アメリカの医療現場では、数値をきちんと出して物事が進められていました。
アメリカでDPLを目の当たりにされ、それがきっかけでエコーをdecision makingに利用できないかとお考えになったのでしょうか。
DPLは臍直下を小開腹しなければならず侵襲的で、外科医だけが施行できる手技でした。また時間のかかる手技で、迅速性という点で問題でした。そこで日本でのエコー使用経験をもとに「腹腔内出血はエコーでわかるよ。日本では結構使っているよ。」と留学先のレジデントに話をもちかけたのですが、「感度は?特異度は?」、「開腹の判断に役立つ?」といった彼らの質問に答えることができませんでした。外科医にとっては、診断精度よりも開腹の判断に使えるかどうかが最重要課題であり、その判断のために検査をする、まさにpoint of careだと思うんですね。今から思えばDPLはpoint of care testingだったんですけど、当時エコーはあくまで画像診断という位置づけで、point of careと結びついていませんでした。当時アメリカではエコーは放射線科医が行うものであり、留学先の外科医は使用していませんでしたね。
留学先でのご経験を通じ、日本に戻られてからFASTの発展の礎となった臨床研究に取り組まれたのですね。
エコーは腹腔内出血の診断に有用であり、開腹の判断に使えることをエビデンスとして示さないと世界では全然相手にしてくれませんでしたので、帰国後に研究に取り組むことにしました。実質臓器損傷の超音波診断については、日本で熱心に取り組まれているグループがありましたが、誰でも評価できるものではありませんでした。また診断精度のばらつきが大きく、とても一般化できるもではありませんでした。当時外傷診療において、エコーをdecision makingをするためのツールとして利用するという考え方が全くなかったんです。エコーをdecision makingとして、誰でも素早く使えるようにするために、体腔内の液体貯留、すなわち外傷患者では出血だけにフォーカスすることにしました。
つまり木村先生はエコーでの評価法をシンプルにして研究計画に落とし込まれたわけですね。
そうです。腹部3か所でエコーフリースペース、つまり腹腔内出血の有無を評価することにしました。しかしそれだけではdecision makingとのつながりが弱いので、血行動態に関するバイタルサインを加えて判断のフローチャートを作成することにしました。
つまり出血量にこだわらず、腹腔内出血があるかないかの判断とバイタルサインの組合せなんですね。
受傷直後には出血は少量しかないことが多いんですよ。それでも開腹すべき損傷が存在することがあります。出血の有無とバイタルサインを組み合わせて、誰でも素早く開腹の判断ができるところにポイントを置いた訳なんです。
この研究を進める上で課題や障壁はなかったでしょうか。
どの臨床研究でもそうですが、同僚にデータをしっかり取得して入力してもらうことですね。そのためには、入力しやすいようにデータシートを簡略なものにしましたね。
あり・なし、といったシートですね。
この研究は腹腔内出血の評価を基本としましたが、心嚢や胸腔の貯留液も検討しました。ただ心嚢液・心タンポナーデの患者は研究期間中にいませんでした。血胸については、開胸の判断というよりも、胸腔ドレナージの判断につながると考えていました。
研究をまとめられ、1990年に米国で開催されたWestern Trauma Associationで発表されたのですね。その時の反響はいかがでしたか。
参加していた外科医多くは興奮気味で、立ち上がって称賛してくれ、びっくりするくらい反響が大きかったです。「我々外科医ももっと使おう」と大騒ぎでした。国際学会であんな反響を得たのは初めてでした。
厳しい質問は無かったですか。
ありましたが、むしろ賞賛の言葉をいろいろと頂きました。研究内容はわかりやすくシンプルでした。翌年に論文化しましたが、対象は72例と少なく、論文内のdiscussionでも言及していたように、きちんと証明されていないところがありました。そういったところを、後年彼らは凄い勢いで全部証明してきました。びっくりしましたね。数多くの対象をもとに、感度・特異度の検討にはじまり、開腹のdecision makingに関する検討、教育についてはレジデントのラーニングカーブに関する検討など、ありとあらゆる点を証明してきましたね。特に留学先上司のパートナーであったGrace Rozyckiらが精力的に検討を行い、多くの患者を対象にFASTに関する多くの論文を執筆し、アメリカではFASTの第一人者になりました。
残念ですが、黎明期に行われた研究よりも大規模研究の方がどうしても注目されますね。おっしゃったように、その後アメリカを中心にFASTは急速に普及しましたが、その流れをどのように見守っていらっしゃいましたか。
自分が研究を行ったことが埋没してしまったのは残念ですが、その研究を礎にFASTとして発展し、世界中で使用されるようになったのでうれしいです。私のアイデアを広めて下さったGrace Rozyckiには感謝しています。ただもう少し関連する研究を行っておけばよかったと思うこともあります。それと当時ネーミングは考えもしなかったですが、彼らはネーミングがうまいですね、「FAST」というネーミングがついたのは大きいです。少し変遷はありましたが、1997年にボルティモアで開催されたコンセンサスミーティングでfocused assessment with sonography for traumaが正式名称となり、その略語としてFASTになったのです。さらに重症外傷の世界標準教育プログラムAdvanced Trauma Life Support(ALTS)にFASTが組み込まれました。その中では、私が論文で示した診療プロトコル(下図)のような、バイタルサインとFASTを組み合わせた戦略が採用されました。

論文で示された鈍的腹部外傷患者の診療プロトコル
木村先生が行われたオリジナルな研究がきっかけとなり、海外でFASTとしてコンセンサスが得られましたが、日本ではどうだったのでしょうか。
当時日本ではエコーで腹腔内出血を捉えるなんてことは当たり前で、わざわざ学術的に取り上げる感じではなかったです。私が行った研究内容は当時の日本では注目されなかったのですが、私は世界の医師を納得させるために英語で書いたんです。向こうではエコーは放射線科医が行うものであり、外科医が行うDPLは開腹の判断に用いられていました。迅速な判断に用いる検査はpoint of care testingなんですけれど、当時日本にはそういう考えはあまりなかったんです。私はエコーを「診断」から迅速な「判断」に用いるようにシフトさせました。そのような考え方が海外で受け入れられ、やがてFASTとして発展し、FASTは海外から日本へ逆輸入されるかたちになったんです。
FASTが広がった背景として教育によるところも大きいですね。
アメリカではきっちり数値を出して、クライテリアを示して、ATLSのような教育に入れて、普及させるというシステムがありましたが、日本ではそのような教育システムはありませんでした。
FASTはその後、気胸を含めたEFAST(extended FAST)へ発展しましたね。
エコーで気胸があんなふうに見えるなんてコロンブスの卵的な発想で、FASTと結びつけたのは素晴らしいことだと思います。世界でもっともCTが普及しているのは日本で、CTやハイブリットERはもちろんいいのですが、日本の常識は必ずしも世界の常識ではないのです。エコーは安価に世界のどこでも素早く使える点はやはり大きいです。
FAST・EFASTの考え方は、やがて全身を対象にpoint of care ultrasonography(POCUS)へ発展していきました。こうした発展をどのように捉えていらっしゃいますか。
肺エコーやfocused cardiac ultrasound(FOCUS)、rapid ultrasound in shock(RUSH)など全身に広がりましたね。全身評価やガイド下手技として広まっているのは素晴らしいことです。さらにアメリカではそれらを包括的にPOCUSとしてうまくまとめた訳ですよ。
私たちは様々なプロトコルをABC approachというフレームワークで捉え直しましたね[2]。ところで日本からPOCUSの研究はあまり出てこないのですが、どうしてでしょうか。
日本ではベッドサイドでエコーはたくさん行われていますが、あまり記録に残さない、数値で評価しないことが背景にあると思います。日本ではそれで通じるんです。研究してコンセンサスを得るという手間があまりいらない。一方、アメリカでは考え方が異なる人がたくさんいるので、みんながわかるかたち、すなわち数値にしないと信用されないのです。1つ1つのことをきちんと証明する必要があります。
研究の「問い」の立て方はどうでしょうか。
日本では問いが立ちにくいのではないでしょうか。海外から発信されているPOCUSの論文では、日本的な感覚では何でこんなものを題材にして研究できるんだというものがたくさんあるじゃないですか。アメリカでは様々な視点で問いを立てて進めてゆかないとコンセンサスが得られないようです。日本にいるとわかりにくいですが、診断精度に限らず、例えば診断時間短縮や費用対効果など、POCUSというカテゴリーで問いはいくらでも立てられますよ。世界に目を向けることですね。
AIや自動診断技術などが出てきましたが、今後POCUSはどのように発展していくとお考えでしょうか。
最終責任は医師が取らなければなりませんが、AIはdecision makingの補助になりえますし、その精度は高くなると考えます。ただ、AIでは過去にない革新的な発想はまだ難しいのではないでしょうか。エコーで気胸が判断できることが発見されましたが、その当時ではAIだと発見は難しいはずです。医療の分野でも革新的な本当の発見は人間に残されるのではないでしょうか。その発見を補助してくれるのがAIだと思いますので、どんどん使ったらいいと思います。
フランスのDaniel Lichtensteinが肺で観察されるアーチファクトのB-line(当時はcomet tailと呼称)の臨床的意義を見出したことも革新的な発想で、AIだとアーチファクトは「ノイズ」として処理するでしょうね。ところで最近は何でもかんでもAIという風潮もございます。POCUSというのは本来シンプルなもので、FASTや心臓のFOCUSなど、一定のトレーニングで広く医療従事者が利用できるものまで、果たしてAIに頼る必要があるのか、と考えることもあります。
本来AIに頼る必要がないところまで頼らなくていいはずです。AI搭載のハイスペックな診断装置がどんな状況でも必要か、医療費の観点からも考えないといけませんね。
最後に、これからPOCUSに関する研究に取り組む若手医療者に期待すること、そしてエコーを学ぶ学生や研修医、若手医療者へのメッセージをお願いします。
POCUSという範疇でとらえれば、目的や視点を変えれば、研究の題材は身近にいくらでもあると思いますよ。迅速診断だけではなく、病歴と身体診察にPOCUSを加えることで、より良いdecision makingや医療安全につながることを研究し、臨床に落とし込んで、患者ケア向上に役立てていただきたいです。1980年代に「エコーを聴診器代わりに使おう」と言ったのは日本が最初なのですから、まだまだ研究する題材はあると思います。
FASTの黎明期に始まり、大変貴重なお話を伺い、いくつかの重要なキーワードをいただきました。本日はお時間を頂き有難うございました。

ご一緒に書籍を編集したことを懐かしみながら
1) Kimura A, Otsuka T. Emergency center ultrasonography in the evaluation of hemoperitoneum: a prospective study. J Trauma. 1991; 31: 20-3.
2) Kameda T, Kimura A. Basic point-of-care ultrasound framework based on the airway, breathing, and circulation approach for the initial management of shock and dyspnea. Acute Med Surg. 2020; 7: e481.


本日2026年6月30日、当学会名誉会員の木村昭夫先生へのインタビューで、国立健康危機管理研究機構国立国際医療センターに伺っております。動画で紹介があったように、木村先生はFAST(focused assessment with sonography for trauma)のパイオニアとして、FASTの発展の礎となった先駆的研究に取り組まれ、外傷領域のトップジャーナル Journal of Trauma(その後Journal of Trauma and Acute Care Surgeryへ誌名変更)に発表されました[1]。木村先生、本日はどうぞよろしくお願い申し上げます。